2009年の8月頃に散策・撮影した洲崎遊郭(現在の東陽町)の写真があったので載せてみました。当時、持っていたカメラの解像度が低かったもので、画質は粗いです。ご容赦ください。
ここに載っている建物は、もう全て解体されていますが、2009年当時は、黒タイルの円柱が印象的な大店「大賀(タイガー)」をはじめ、東陽2丁目交差点の角地にある2階が当時の姿をとどめた「SSS」、その他タイル貼りのカフェー建築が多く残されていて遊郭・赤線の残り香を感じることができました。
洲崎遊郭は明治21年(1888)、風紀上の問題から根津遊郭の移転先として選ばれ、現在の東陽一丁目付近に誕生。昭和33年の売春防止法成立まで吉原と並んで栄えた巨大遊郭でした。特に戦後は「洲崎パラダイス」の名で遊客に親しまれ、川島雄三の映画作品で新珠三千代の演技が素晴らしい「洲崎パラダイス赤信号」の舞台でもありました。
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記録映画『赤線』には、当時の洲崎遊郭の様子が残されています。
それでは当時の建物を見ていきましょう。まずは大店「大賀」。「おおが」ではなく、タイガーと呼ばれていたようです。
当時の写真。ほぼそのままですね。
「SSS」の屋号と思われる建物。先ほどの記録映画『赤線』の22秒あたりに出てきてますね。
別角度から。
屋上の作りが印象的なカフェー建築らしき建物。
緑の豆タイル円柱が見事なカフェー建築。ウットリ…
個人宅だったカフェー建築。2階の造りが独特。
ファサード一面がタイル貼り。柱の青い豆タイルはよく見ると同一色ではなく、微妙に異なってモザイク状。芸が細かい。
都内だと遺構が残っているのは吉原、鳩の街くらいでしょうか。(鳩の街も最近行ってないからどのくらい残っているのかわからないけど…)いずれもオリンピック前には絶滅ですかね…。
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