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松ヶ枝遊郭 -愛媛県-

夏目漱石が中学教師として松山に赴任してきた時の顛末を描いた小説『坊っちゃん』の中には、遊郭に関する次のような一節があります。

四日目の晩に住田と云ふ所へ行って団子を食った。此住田と云ふ所は温泉のある町で城下から汽車だと十分許(ばか)り、歩行(ある)いて三十分で行かれる、料理屋も温泉宿も、公園もある上に遊廓がある。おれの這入った団子屋は遊郭の入口にあって、大変うまいと云ふ評判だから、温泉に行った帰りがけに一寸食って見た。今度は生徒にも逢はなかったから、誰も知るまいと思って、翌日学校へ行って、一時間目の教場へ這入ると団子二皿七銭と書いてある。実際おれは二皿食って七銭払った。どうも厄介な奴等だ。二時間目にも屹度何かあると思ふと遊廓の団子旨い旨いと書いてある。

漱石が遊廓前の団子屋で団子二皿を食べた実体験に基づいて書かれた文章だそうです。この「遊郭(=松ヶ枝遊郭)」跡が、道後温泉本館の裏路地から宝巌寺に至る坂道周辺にありました。

この坂道はかつて「ネオン坂」とも呼ばれ、夜になるとネオンの光に男達がワラワラと集まってくる盛り場でもありました。入り口には「ネオン坂歓楽街」のゲートがありましたが、それも今は昔。現在は「宝巖寺」と書かれた石塔が建っています。

この坂道の入り口にはこれぞ妓楼と言えるような立派な遺構が残っていますが、それ以外は取り壊しが進み、更地が坂道を侵食しています。

それでは早速歩いてみましょう。

 

まずは道後温泉本館。道後温泉って建物は立派だけど、周囲は観光地化されまくって、情緒がないよね。「思っていたのと違う温泉」のベスト3くらいに入りそう。

本館の裏側に周り、細い路地に入ります。

その路地を歩くとしばらくして左手に立派な妓楼が見えてきました。このあたりが「ネオン坂」の始まりでもあり、松ヶ枝遊郭の入り口付近でもあります。(地図①)

見上げるように坂道全景を撮ってみた。

同じアングルで当時の写真を。

「来人」。日本に「来夢来人」系の飲み屋ってどのくらいあるんですかね。右側の錆びた柱は「ネオン坂歓楽街」のゲートの名残ですね(地図②)

破壊が進む遺構。更地になる日も近そう…(地図③)

その隣にあるカフェー建築風のBAR。今もやってるのかな?(地図④)

建物は壊され、更地となり、駐車場として活用されています。

二階を見るとこれも遺構であることがわかります。改修してカフェー建築風なファサードにしていますね(地図⑤)

坂道を上がり切ると、正面には立派な門が。宝厳寺は、時宗の祖である一遍上人の生誕地でもあります。

 

 

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