福田遊郭 -山形県-

2017年の元旦、山形県米沢にいた私は最上川沿いの福田遊郭跡を散策していました。米沢は豪雪地帯として有名ですが、温暖化のせいなのか例年に比べて雪が少なく、現地の旅館の主人も驚いていました。

福田遊郭は「全国遊郭案内」に次のように紹介されています。

米澤市福田遊廓 山形県米澤市相生町に在つて、奥羽本線米澤駅で下車すれば西へ約六丁の位置に在る。旧上杉氏の城下で公園には鷹山公を奉つた上杉神社がある。鷹山公が製糸業を奨励し出して以来、米澤織の産地として天下に其の名の届かない処は無い。従つて織物の好況不況は直に遊廓にも影響する処と見て差閊えは無からう。宿場から現在の遊廓に移転したのは、明治十九年の五月で、当時は僅々五軒の同業者に過ぎなかったが、其の後漸次に増加して大正六年五月廿二日の大火災当時には既に十一軒に成つて居た。其後復興して現在営業続けて居る家は八軒あつて、娼妓は約三十五人居る。殆んどが同県下の女と少数の福島県の女とである・・・妓楼は丸喜楼、甘水楼、新芳楼、昌平楼、朝日楼、武蔵楼、住の江楼、東陽楼等がある。

現在も相生町は残っており、下のgoogle mapで見ると、150メートルほど道幅が不自然に拡張されているのがわかると思います。おそらくここがメインストリートでしょう。

大正時代の大火もあり、当時の遺構は何も見つかりませんでした。唯一、おそらく転業したと思われる「菊屋旅館」だけが花街の残り香を感じさせてくれるのみでした。

それでは写真を見ていきましょう。

 

米沢駅から八谷街道を通り、最上川を越えたすぐの脇に観音堂の石碑がたつ小道が現れます。この先に福田遊郭跡があります。この「川を渡ってすぐの場所にある遊郭」というと、京都の五条楽園を思い出してしまいます。(地図①)

くねった小道を抜けると、いきなり道幅が広がります。ここからが遊郭跡ですね。(地図②)

唯一残っている遺構。転業旅館と思われる「菊屋旅館」。戸袋に旅館名がありますね。(地図③)

はずれに小さな祠がありました。遊郭とつながりはあるのでしょうか?(地図④)

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